娘の中学での留学

私がオーストラリアが大好きだったせいもあり、娘は小さいころから暇をみてはオーストラリアに連れていき、幼稚園、小学校と春休み中に現地校の体験を重ねて来ました。
そのせいか、娘は海外と言えばオーストラリアしか知りませんが英語好きには育ってくれました。
日本での英語教育は小学生の時から英語学校に通うくらいで、あまり特別なことはしていません。
ただ受験に有利になるというので、英検は受け続け、小学5年生の時に英検の2級にはパスするくらいの実力はつけていました。
その娘が中学2年の時にどうしても留学したいといいだしました。
幸い中高一貫校に通っていたので、高校受験の心配はありませんでした。
ひとまず春休みの間だけ受け入れてくれるところを探しました。
日本では様々な斡旋期間がありますが、どこも斡旋料金は高いので、自分で探すことにしました。
留学関連雑誌で受け入れをしているような学校に片っ端から電話をかけて、短期の受け入れを聞いてみました。
公立の学校だと一度政府の機関を通さないといけないので、話しがややこしくなります。
ですから留学生の受け入れに積極的で、融通の効く私立のキリスト教の学校に春休み前後の1月留学することになりました。
この時は私も一緒に行きました。
ホームステイという選択もありましたが、娘が不安に思っているようなので、家を借りて娘と一緒に住みました。
1月の留学でしたが、私立なので制服の規則も厳しく、靴もカバンもそろえないとなりません。
費用がかさむので、学校にあるセカンドハンドショップを利用しました。
日本に居る時は結構神経質な子でしたが、郷に居れば、で誰かが使い古したようなカバンを持っても平気なのには驚きました。
多分そのようなことには構っていられなかったのでしょう。
その時の学校は、現地人があまりおらず留学生ばかりのような学校でした。
英語の上達というよりも、現地での生活に慣れるための足がかりだったような気がします。
そこで出来たバディの韓国人の友人とは、未だにお付き合いがあります。
その後帰国して後、今度は中学3年の後半で、今度は半年間留学しました。
今度は長くなるので、費用の問題もあり、公立高校にしました。
こちらもやはり斡旋機関には頼らずに自分たちで学校の選定をしました。
今回は現地人ばかりの公立高校なので、前回の私立高とはまた雰囲気も違い、人間関係でも最初は随分苦労したそうです。
またホームステイ先でもかなりいじめられました。
ただこのような体験で英語力は飛躍的に伸び、半年の留学を終えてすぐに受けたTOEFLのスコアは中3で98点でした。
大変な思いをした分、力はついたようです。