娘の初めての留学

私が若いころからオーストラリアが好きで、娘も1歳を過ぎてからよくオーストラリアに連れて行っていました。
オーストラリアという国を選んだのも、日本と季節が逆で、日本の冬に暖かく過ごせますし、英語が使える、また治安的に問題がないという理由からです。
娘が幼稚園に行く頃になると、毎年2月3月の寒い時期にオーストラリアの現地の幼稚園に入れるようになりました。
私は日本では特別な英語教育は娘に受けさせていませんでしたので、この段階では彼女は全く英語は話せませんでした。
地域はゴールドコーストだったので、現地の幼稚園には結構日本人のオーストラリア留学のお子さんがいらして、そのお子さんたちと話し、あまり現地の子供たちと関わることはなかったように思います。
このような体験を2年くらい続けた後、小学生になると春休みに現地の小学校に体験入学をさせました。
日本でも英会話学校に通い始めましたが、やはり遊び半分なのであまり役には立ちませんでした。
ただゴールドコーストだとどうしても日本人で固まってしますので、パースの方に拠点を移して、そこの現地校に入れました。
そこにはあまり日本人がいなかったので、困った時は自分でなんとかするしかなく、自分なりに意思を伝えようの奮闘していたようですが、ストレスからかよくお腹が痛くなっていたようでした。
その症状を学校で先生に伝えるのも一苦労だったと本人があとから言っていました。
小学校の6年間の間に4回ほど春休みを使った現地校入学を重ねるうちに、現地人の友達も出来、また学校でキャンプや遠足に行ったりするうちに実際に英語を使わざるを得ない場面に数多く遭遇するようになりました。
文法などは学んでいませんが、だんだん相手が何を言いたいのか、言っているのかは分かるようになったようです。
とは言っても、自分の意思や考えをそのまま相手に伝えるまでにはとても至らず、いつも歯がゆい思いをしていたそうです。
小学生同士なので、相手も子供です。
大人同士ですと、相手の意思を理解しようと向こうも努力してくれるのですが、そのようなことがない分、子供の世界はシビアです。
遊び時間も最初は話しかけてくれるのですが、意思がうまく疎通しないとわかると、さっさと向こうに行ってしまいます。
その当時は随分悲しい思いをしたと言っていました。
小学校も高学年になるとなかなか忙しくなり、春休みに現地に行っている暇はありません。
ただ日本での英会話学校のレベルもかなり上がり、読み書きもできるようになり、全体としての英語力はかなりアップしました。